圧倒的利他主義の弊害

圧倒的利他主義の弊害

皆さんこんばんわ

ばのちゃんです。本日も閲覧頂きありがとうございます。

 

自分のことは置いておき、他人を救うために日々生きる。自分のことよりも他人の幸せを常に優先する。

このような利他的な考え方はとても素晴らしい事でしょう。多方面のメリットも存在します。

しかし、圧倒的な利他主義は自分のことを見失うことにも繋がります。

結論として、行き過ぎた利他主義は捨てた方が人生が豊かになります。

 

始めにいくつか利他的な考え方のメリットをご説明し、次に利他主義がもたらす弊害をご紹介していきます。

どうぞ最後までブログをお楽しみください。

 

 

利他主義のメリット

人間力と商売力

 

利他主義のメリットを大雑把にまとめると、人間力の向上と商売力の向上の2つです。

 

まず、人間力について言及していきます。

人間力の高い人物は人間関係を潤滑にでき、日々人として向上していくことが可能です。

 

単純な話しですが、他人のことを考えられる人間は他者から好かれ尊敬されます。

利他主義である人は、他人を守ることや大切にするための行動をするので、人間力が日々向上することでしょう。

 

そもそも人間は、一人で生きて行くことの出来ない生物です。人間社会という複雑かつより生きやすい環境を集団で形成しています。

そのため、社会に上手く順応するためにも、他人のことを考えて行動することは非常に大切なことです。

 

 

次に商売力について述べて行きます。

商売をする上では、圧倒的に利他的な考え方が必要となります。

何故ならば、顧客の需要を把握するためには利他的な考え方が必要不可欠だからです。

 

料理人を例を上げて考えてみます。

たとえ自分がどんなに中華料理を作るのが上手だとしても、日本食を欲している人達が多く住む地域では売り上げは上がりません。

相手に合わせて、中華料理を日本食に近い味付けにするか、日本食を作ることに焦点を当てることが重要となります。

 

料理の世界だけではなく、収益を上げるためには誰かの需要を満たすことが必要となり、その対価としてお金を得ることが出来るのです。

 

ここまでをまとめると、利他的な考え方を持つことにより人間力と商売力の向上に繋がります。

他者のことを思う行動は自己成長にも繋がり、人間社会で生きるための必要なスキルとも言えます。

商売の観点から見ても、利他的な思考は周りの需要を把握することに繋がるため、より多くの利益を効率的に得ることとなります。

 

かなり大雑把に利他的主義のメリットをまとめました。次から本題である弊害について述べて行きます。

 

利他主義の弊害①

自分の幸せを見失う

 

自分の幸せは自分で獲得しましょう。

自分が幸せを感じるということは完璧な利他主義ではありません。

「相手の幸せが自分の幸せ」そう思えるのは、あくまでそれに伴い自分自身にメリットがある時のみです。

 

相手が幸せになり、その顔を見るのが好きなのは誰でしょう?

相手が幸せになることで、収益や知名度を上げること、または自己成長をすることで満足するのは誰でしょう?

相手が幸せになることで、平穏な環境に住み続けることが出来るのは一体誰でしょう?

紛れもなく自分自身です。

 

 

もう少し分かりやすく言うと、自分の幸福感や満足感を得るために、利他的な行動を取るというのが人間の本音です。

本音と言うよりも真実かもしれません。

圧倒的に偏った利他主義を持つと、自分の幸せが相手に依存するものとなります。

相手の気持ちや運命を変えられるほど、個々の力は強くはありません。

 

対人関係では、相手を変えるよりも自分が変わる方が早いのです。

相手が幸せでなければ自分は幸せではないと考えるのであれば、細かく分析をしてみましょう。

喜ぶ相手の顔や相手を幸せにできたという満足感、一緒にいることでの孤独の解消。

全てとどのつまりは自分の感情の為であります。

 

そもそも、他人の気持ちを100%理解することは、そう簡単なものではありません。

親族や友人、恋人だとしてもその感情や考え方は変動的です。さらには、理解できているだけという場合もあるでしょう。

つまり、「相手を幸せにできた」と感じているのは、自分の感情のみです。

 

それを認めずに、「自分は何も求めていない。」と意見を曲げない偏った利他主義を持つことは、自分自身の幸せを見失います。

そもそも、あなたを大切に思う人物は、あなた自身の幸せを願っているはずです。

自己中心だとしても、貪欲に自分自身の幸せを手に入れることは、誰にでも許されています。

 

 

 

 

利他主義の弊害②

自分の生活すらもままならない

 

そこまで他人は、あなたの助けを求めてはいません。まず、自分の生活に焦点を置きましょう。

自分の生活すらもままならない人が、完璧な利他主義を持ったとしても人助けは出来ません。

 

少しだけ貧乏な人が、お昼ご飯を食べられない状況をイメージしてみて下さい。

そこにあるホームレスが一言声をかけます。

「あなたはランチさえもまともに食べられないんだね。私の腐ったパンをあなたに分けてあげます。」

少しだけ貧乏な人は、果たして喜んでそのパンを受け取るでしょうか?

客観的に見れば、大きなお世話この上ないことでしょう。

 

要するに、余裕のない時点での他人への利他的行動は、時にただの迷惑行為となるのです。

そもそも「あの人は不幸そうだから助けたい」「貧しい人を救いたい」という考えは、他人を見下している行為にも等しいです。

自分よりも収入があり、人間関係も順調な人に対して「救いたい」なんていう感情は持たないはずです。そして、助けられることはほぼ無いです。

本当に貧しい人や不幸な人々全員を無利益で救いたいのであれば、孫正義氏やビル・ゲイツ氏以上の資産と影響力が必要となります。

 

繰り返すと、自分の生活も不安定で将来も金銭的な不安があるうちに、完璧な利他主義を遂行することは不可能です。また、他人はそれを望んでもいません。

自分も救えない人間は、他人を救いたいという考えを持つこと自体浅はかで時期尚早です。

 

「相手のため」という考えに固執せず、自分の成功を喜んでくれる人たちと共に生きましょう。

その努力の過程で、自分の守りたいものや大切な人が現れるはずです。

 

 

まとめ

 

利他主義は程々にしましょう。

他人のためだけに動くというのは限界がありますし、そもそも願われてもいないです。

しかし、人としての成長やビジネス目的で使用する利他主義は有効的です。

 

 

 

 

本日は以上となります。

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

それでは、

ばぼの~す

 

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